施設に入った母のマンションを片付けた話|一番困ったのは大量の食品でした

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母が施設に入り、兄と二人でマンションを片付けました。

床には買ってきた袋がそのまま置かれ、隙間を歩くような状態。

冷蔵庫は、扉を開けると物が落ちそうなくらいいっぱいでした。

でも、片付けて一番困ったのは家具でも洋服でもありません。

段ボール3箱ほどあった、古い食品でした。

パインの缶詰は古すぎて膨らんでいました。

缶切りを入れるのも怖い状態でした。

この記事は「親の家の片付け完全ガイド」ではありません。

実際にやってみて、何に一番手を取られたかの記録です。

ゆらぎ

同じようなことに
困っている方へ
参考になれば嬉しいです

目次

父の家は残したのに、母の家はすぐ片付けました

先に、母の家について少しだけ説明させてください。

母が最後に暮らしていたのは、私が生まれ育った実家ではありません。

実家は2階建てで、母は足が悪くなり、階段の上り下りが大変になりました。

そこで母は、すぐ近所にあるマンションの1階に移りました。

そこで10年以上暮らしたあと、施設に入りました。

私が兄と片付けたのは、その部屋です。

そのうえで書きます。

同じ私の親なのに、父の家は5年間そのまま残し、母の家はすぐに片付けました。

ゆらぎ

理由がいくつかあります

父は施設に入るとき「この家は残しておく」と言いました。

「たまにこっちにも帰ってくる」とも言っていました。

だから私たちは、父の希望を優先しました。

母は違いました。

母は父より介護度が重く、二度と家に帰ることはないだろうと、私も兄も思っていました。

そして、決定的だったのはこれです。

実際に腐っていくものが、家の中にたくさんありました。

ヘタの周りが黒く傷んだトマトがいくつも並んでいる

気持ちの問題ではなく、早く片付けないといけない状態だったのです。

親が施設に入ったとき、「すぐ片付けるべきか」「しばらく残すべきか」に、たぶん正解はありません。

親の状態と、家の中の状態で、うちは判断が分かれました。

父の家をどうしたかは、こちらに書きました。

床一面に物。冷蔵庫は開けると落ちそうでした

母の家がどんな状態だったか、正直に書きます。

母はもともと、片付けが得意ではありませんでした。

そこに足の悪さも重なって、買ってきた袋をそのまま床に置くことが増えていました。

それが積み重なって、床一面に物があふれていました。

ただ、部屋に入れないほどではありません。

隙間を歩いていくことはできました。

収納にも、一応は収まっていました。

ただし中は雑多に押し込んだ感じです。

いちばん驚いたのは冷蔵庫でした。

扉を開けると、物が落ちそうなくらい押し込まれていました。

ゆらぎ

かなりひどい状態でした

でも、母を責める気持ちはありません。

兄と二人で、丸3日かかりました

片付けたのは、兄と私の二人です。

兄が軽トラックを持っていたのが大きな理由でした。

廃棄物を、ゴミ処理センターまで持ち込んでもらえるからです。

部屋は、6畳と4.5畳の和室、それに9畳のLDK

決して広い家ではありません。

それでも荷物が多くて、兄と二人がかりで、丸3日かかりました。

順番はこうでした。

まず、大きめの家具を運び出す。

次に、洋服をゴミ袋に詰めていく。

洋服には良い物もありました。

でも私が着られそうなものはなく、思い切ってゴミ袋に入れていきました。

大量にあるので、一つひとつ手を止めていては終わりません。

どんどん片付けていきました。

そうして最後に手こずったのが、台所まわりでした。

一番困ったのは、段ボール3箱ほどの古い食品

家具でも、洋服でもありませんでした。

段ボール3箱くらいの、古い食品です。

母は、物を買い込む人でした。

だから台所には、大量の食材がありました。

干からびた野菜。賞味期限が切れたお菓子。

このあたりは、遠慮なく捨てていけます。

ふたに賞味期限が刻印された缶詰が並んでいる

問題は、そのままでは捨てられないものでした。

膨らんだパインの缶詰

なかでも忘れられないのが、パインの缶詰です。

古すぎて、缶が膨張していました。

缶切りを入れるのが、怖かったです。

実際に入れると、ガスが出てきました。

ゆらぎ

シューッといったときは
本気で怖かったです

中身は減っていました。

そんな缶詰が、ゴロゴロありました。

あとで調べて分かったのですが、これは危ないものでした。

缶詰や真空パックの食品が膨張していたり、異臭がある場合には、菌が増殖している可能性があるので、絶対に食べないで下さい。

出典:大田区「真空パック、缶詰食品の注意」

食べなかったのは正解でした。

ゆらぎ

怖すぎて
食べませんけどね

膨らんだ缶詰は、食べてはいけません。

なお、この記事に「膨らんだ缶詰の開け方」は書きません。

私がやったことは書きましたが、それを人にすすめられる方法だとは思っていないからです。

不安なときは、自治体の環境衛生課などに相談してください。

ゆらぎ

お願いしますね

大量の油

もうひとつが油です。

中身が半分ほど残ったままの食用油のボトル

サラダ油、オリーブオイル、ごま油。

母は多種多様な油をストックしていました。

そして、どれも古すぎて使えませんでした。

買った物を捨てるより、中身が入った物を捨てるほうが、はるかに大変でした。

缶詰、油、スプレー缶。「捨てるだけ」が大仕事でした

食品の処分は、想像していたより時間がかかりました。

缶詰は、中身を出してから捨てました。

ここで初めて知ったのですが、飲料の空き缶と、缶詰の缶では、分類が違うことがあります。

母の家がある市では、飲料用の缶は資源ごみ、缶詰など飲料用ではない缶は不燃ごみでした。

油は、固めるタイプの凝固剤で固めて捨てました。これが本当に大変でした。量が多かったからです。

そして、殺虫剤やヘアスプレーも大量にありました。

当時の案内では、穴を開けてからでないと出せません。

だから家の外に並べて、順番に穴を開けていきました。

ゆらぎ

怖いし、面倒でした

スプレー缶は、自治体によって案内が正反対です

ここは、はっきり書いておきたいところです。

私が片付けたとき、母の家がある市の案内は「使い切って、穴を開けてから出す」でした。

ところが、こう案内している自治体もあります。

スプレー缶やカセットボンベの穴あけは、大変危険です。絶対に行わないでください。

出典:大田区「スプレー缶、カセットボンベの出し方について」

正反対です。

どちらが正しいという話ではありません。

その自治体がどう決めているか、それだけです。

だから、親の家を片付けるときは、自分が住んでいる自治体ではなく、親の家がある自治体の案内を確認してください。

私はここを間違えるところでした。

今調べたら、油を持って行ける場所がありました

これは、この記事を書くために調べ直して初めて知ったことです。

正直に言うと、「油そのものを回収してくれる場所なんて、本当にあるの?」というのが私の最初の反応でした。

ゆらぎ

でも、ありました

母の家がある市には今、家庭から出る使用済み食用油の回収ボックスが置かれています。

市役所などの公共施設と、スーパーです。

しかも、条件を読んで驚きました。

  • 未使用の食用油も対象
  • 賞味期限が切れた食用油も対象
  • サラダ油、ごま油、オリーブオイルなども対象
  • 未開封のプラスチック容器なら、封を開けずそのまま出せる
  • 出すときは、ラベルをはがして中をすすいだペットボトルに入れる

母の家で私が困った油は、全部これに当てはまります。

ただし、ひとつ大事なことがあります。

ゆらぎ

この回収を、
私は使えませんでした

母の家を片付けたのは、始まるより前だからです。

でも、今は変わっています。

これは一つの市の話ではありません。

環境省が、家庭から出る廃食用油を回収している自治体の事例集を出しています。

栃木、静岡、佐賀、岡山、京都——回収の方法は自治体ごとに違いますが、ペットボトルなどの容器に入れて専用ボックスへという形が多いようです。

出典:環境省「家庭用廃食用油回収の自治体事例集」(令和7年3月)

ただし、すべての自治体がやっているわけではありません。

親の家を片付けるなら、まず今の自治体のルールを調べたほうがいい。

私が「そんな場所あるの?」と思ったくらいですから、たぶん多くの人が知りません。

※ ちなみに、凝固剤で固めた油は回収の対象外でした。

ゆらぎ

私が当時やった方法では、
リサイクルには回せません

全部なくなって「こんなに広かったのか」と思いました

片付け終わって、母の部屋を見たときに思ったのは2つです。

「やっと終わった」

そして、

「こんなに広かったのか」

物がなくなった部屋は、記憶よりずっと広く見えました。

母に悪い、という気持ちはありませんでした。

衛生的に良い状態ではなかったので、きれいにするほうがいいと思っていたからです。

父の家を片付けたときは、物を捨てる「気持ち」が難しかった。

母の家では、物を捨てる「作業」が大変でした。

同じ「親の家の片付け」なのに、まったく違いました。

それでも、衣類は「捨てなくてもよかった」と思っています

ひとつだけ、今も引っかかっていることがあります。

衣類です。

母はふくよかな人で、服はどれも大きいサイズでした。

その辺の服屋さんでは入りません。

だから母の服は、ふくよかな方向けの、少し高級なショップで買ったものばかりでした。

私は昔から、母にこう聞かされていました。

「これ、高かってんで」

その服を、私はゴミ袋に詰めました。

私が着るにはサイズもデザインも合わなかったからです。

思い切って、と自分では思っていました。

でも今になって、もったいなかったなと思います。

母と同じように、サイズで困っている人はいるはずです。

そういう方に譲るなり、売るなりすればよかった。

ゆらぎ

当時の私は、
「自分が使わない=捨てる」しか
知りませんでした。

もし今もう一度やるなら、捨てる前に一度だけ、売れないか、譲れないか、寄付できないかを調べると思います。

なお、母の家がある市のごみの案内には、捨てる前に売ってリユースにつなげることを勧める呼びかけも載っていました。

自治体そのものが、捨てる前の選択肢を案内する時代になっているようです。

このあたりは、また別の記事で詳しく調べてみるつもりです。

物はなくなっても、母の姿は覚えています

片付けている間は、手を動かすだけでした。

でも全部終わってから、思い出すことがあります。母が10年以上暮らした部屋ですから。

母が住んでいたのは1階でした。

それでも、玄関に行くまでに数段の階段があります。

その階段を、母はシニア用のショッピングカートを持ち上げながら、一段ずつ上っていました。

たまに近所の方が通りかかると、母は嬉しそうに話していました。

「ショッピングカー、上げてくれはってん」

そして、うちの息子です。

息子はおばあちゃんが大好きで、学校の帰りに必ず、そのマンションに寄っていました。

寄れば必ず、母がおやつをくれる。

それが嬉しかったようです。

10分ほどのことです。

でもその10分が、母にもとても楽しみな時間だったようでした。

今はもう、母があの階段を上ることはありません。

だからかもしれません。

カートを持ち上げていた姿を、よく思い出します。

片付けた母のマンションは、今は人が暮らしています

物でいっぱいだった部屋を全部出して、そのあとリフォームして、賃貸として貸し出しました。

今は、別の方が住んでいます。

売ることは考えませんでした。理由は2つです。

実家と近いこと。

そして、いずれ何かあったときに、自分たちで使える可能性があること。

「家をしまう」は、売る・壊す・手放すだけではないのだと思います。

親が使わなくなった家を整理して、次の使い方へ渡す。

うちの場合は、それでした。

母が施設に入って、家を片付けて、次の人が住むところまで来ました。

父の家は、5年たった今も残しています。

同じ「親が施設に入った後の家」なのに、うちは正反対のことをしました。

だから、どちらが正しいとも書けません。

ただ、母の家を片付けて分かったことが、ひとつだけあります。

親の家の片付けで本当に時間を取られるのは、大きな家具ではなく、中身の入った小さいものでした。

缶詰、油、スプレー缶。

ひとつずつしか処理できないものが、いちばん手を止めます。

私がもう一度同じ片付けをするなら、最初に見るのは台所と冷蔵庫です。

家具や洋服は、少し後でも片付けられます。

でも、食品は待ってくれません。

母の家を片付けて、私はそれを知りました。

※ この記事は私個人の経験です。ごみの分別・処分方法は自治体によって異なり、変更されることもあります。必ず、その家がある自治体の最新の案内をご確認ください。

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